アメリカの大統領選挙に関する報道が連日TVに流れている。
しかも未だ予備選の段階だというのに、TVに加え雑誌などもさかんに記事にしている。
その中心は何といっても民主党のオバマである。
予備選が始まる頃は民主党ではヒラリーの勝利が確実視されていた。
ところが予備選が進むにつれてオバマ人気が急速にふくらみ、その勢いはどうも本物である。
このままの流れが続けばオバマの逆転ということになりそうである。
こんな早い段階からアメリカ大統領の予備選が日本で関心をもたれたのは、かつてないのではないだろうか。
少なくとも私は初めてであるし、それも予備選というよりオバマという人物についての興味なのかもしれない。
単に史上初の黒人大統領の誕生かということではなく、何故この46才の若き政治家に熱い支持者が増えているのかについての興味でもある。
そしてすべての論評で共通しているのは「演説のうまさ」である。
彼を若き日のケネディを重ね合わせる人が多いという。
だから彼の演説の何が聞く人の心をつかむのか大いに関心がある。
・・・その声であり演説のリズムであり、もちろん内容であるが・・・
彼の存在を大きくしたのに04年の民主党大会で行った基調演説は衝撃的であったといわれている。
「私は今日ここに立ち、自分が受け継いできた多様性に感謝して、両親の夢が私の2人の娘に受け継がれていることを感じています。
私の物語は、より大きなアメリカの物語の一部であり、そのすべては先人たちのおかげです。
ほかに世界のどこの国でも私の物語はありえなかったと感じています。
私たちは今夜、私たちの国の偉大さを確認するために集まりました。
私たちの誇りは200年前の宣言に要約された、あるシンプルな前提に基づいています。
”すべての人は平等である。この真実を自明の理とする”」
この演説を聞いた人たちは感動して涙したという。
その彼が今さかんに使う言葉のひとつが「チェンジ」である。
先日、長年アメリカの大統領選挙を取材しつづけている友人と会食をした時に、このチェンジの意味するニュアンスについて彼の話しが興味深かった。
一般的には「変革」とか「変化」という意味で日本では理解されているし私もそう思っていた。
しかし彼は現地で取材しつつこのチェンジの意味はどちらかといえば、野球で監督が球審に「ピッチャーチェンジ」という時のチェンジに近いというのだ。
「ピッチャー交代」「投手交代」即ち、日本でいえば「政権交代」ということであろう。
長期間にわたり論戦をしつつ最終的に一人に絞られる厳しい過程を経るアメリカの予備選をみていると、やはりすごいことだと改めて思う。
議院内閣制における日本の首相選びとアメリカの大統領制とは根本的に違いはあるものの、首相選びそのものの自民党総裁選での街頭演説やその選ばれ方とのあまりにも大きな違いをまざまざと見せつけられているような気がする。