ほぼ20年ぶりにお盆をずっと故郷の柳川ですごした。クマゼミの鳴き声が一段と暑さを感じさせる。中学時代の先生と同級生が久しぶりに集まってくれた。卒業していらいはじめて会うクラスメイトもいた。懐かしく、本当に楽しい時を過ごし友の有難さを感じた。また柳川の名物料理の鰻のせいろ蒸しの老舗「若松屋」にもでかけた。ここの女将夫婦もまた小学校と中学校の同級生である。相変わらずお客さんで混んでいた。
このお盆休みの間、本を何冊か読んだ。その中で印象深くまた大変面白く一気に読んだのは幸田真音著「天佑なり」である。著者の幸田さんは私が財務大臣のときもあらためて財務省を見学したいと言われて訪れられたことがある。また財務大臣当時読んだ松元崇著「大恐慌を駆け抜けた男高橋是清」にも感銘をうけたが今回あらためて今こそ我が国に是清が求められていると思った。私心がなくまさに国のため国民のための一心で激動期どんな困難に遭遇しようとも、決して希望を失うことなく臨機応変に事態に対処していく姿勢には勇気づけられると同時にその生き方は凄みすら感じた。また明治、大正、昭和初期の我が国の政治、経済、財政状況があまりにも現在の我が国と類似していることにも驚かされる。見方をかえると我が国はこの100年本質的にはあまり変わっていないとも言えるのかもしれない。とりわけ政治の混迷は相変わらずである。生涯7度の大蔵大臣を務めしかも81歳で2・26事件で凄惨な最後を遂げるまで全身全霊、国のため即ち国民のため尽くした是清という素晴らしい先人に学び、更に精進したいとおもった。